私たちは子どもの頃から、
「一番を目指そう」
「妥協してはいけない」
「もっと良いものがあるはず」
という価値観の中で育ってきました。
もちろん、高い目標を持つことは素晴らしいことです。
しかし、その「最高を目指す姿勢」が、必ずしも私たちを幸せにしてくれるとは限りません。
今回は、心理学や意思決定研究で長年研究されてきた「Maximizer(マキシマイザー)」と「Satisficer(サティスファイサー)」という考え方を紹介します。
「最高」を求める人と、「十分良い」で決める人
この考え方は、ノーベル経済学賞を受賞したHerbert Simonの意思決定理論から始まりました。
Simonは、人間は
- 情報をすべて知ることはできない
- 時間には限りがある
- 判断能力にも限界がある
という「限定合理性(Bounded Rationality)」の中で生きていると考えました。
その中で、人には大きく二つの意思決定スタイルがあります。
Maximizer(マキシマイザー)
「最高の選択」をしたい人です。
常に、
- もっと良い方法はないか
- 他に良い選択肢はないか
- 本当にこれが一番なのか
を考え続けます。
Satisficer(サティスファイサー)
一方で、
「自分の基準を満たしたら決める人」
です。
ここで重要なのは、
“適当に決める人”ではない
ということです。
十分な基準を満たしているかを確認し、その基準を満たした時点で次へ進みます。
研究の結果
「最高を目指す人」の方が幸せそうに思えるかもしれません。
しかし、これまでの研究では少し違う結果が報告されています。
Maximizerは、
- 人生満足度が低い
- 幸福感が低い
- 後悔しやすい
- 不安を感じやすい
- 抑うつ傾向との関連
- 自尊心が低い傾向
などが報告されています。
一方で、
仕事などの成果を見ると、
Maximizerはより高い年収や客観的成果を得る場合もあります。
つまり、
「成果」と「幸福」は一致しない
可能性があるのです。
なぜ「最高」を目指すほど苦しくなるのか
論文では、その理由として比較を挙げています。
例えばレストランを選ぶ時。
注文した後も、
「あっちの料理の方がおいしかったかな」
服を買った後も、
「もう少し待てば安かったかな」
就職した後も、
「あの会社の方が良かったかな」
このように、
決断した後も比較が終わらない。
すると、
どれだけ良い選択をしても満足しにくくなります。
さらに研究では、
Maximizerほど
社会的比較(Social Comparison)
を行いやすいことも示されています。
つまり、
「自分が満足しているか」
ではなく、
「他人より良いか」
を判断基準にしてしまう傾向があるのです。
「最高を目指すこと」が悪いわけではない
ここで非常に興味深い指摘があります。
この論文では、
Maximizerを
- Goal(最高を目指すこと)
- Strategy(最高を探し続けること)
に分けて考えるべきだと述べています。
つまり、
高い目標を持つこと自体は問題ではない
ということです。
問題になるのは、
その目標を達成するために、
延々と比較し、
探し続け、
決断できなくなってしまうこと。
つまり、
「Goal」ではなく、
「Strategy」が幸福感を下げている可能性があるということです。
「ベター」という考え方
私はこの論文を読んでいて、
「ベター」という考え方を思い浮かべました。
ベターとは、
「妥協すること」
ではありません。
また、
「成長を諦めること」
でもありません。
自分が決めた目的を達成するために、十分な基準を満たした時点で、その選択を受け入れ、前へ進むこと。
それがベターだと考えています。
例えば、
100点を目指すことは悪くありません。
しかし、
95点を取っても
「あと5点足りない」
と考え続ける人生と、
95点を
「今の目的には十分だった」
と受け止められる人生では、
心の負担は大きく変わるでしょう。
ベターは「妥協」ではなく「意思決定」
多くの人は、
「ベター=妥協」
というイメージを持っているかもしれません。
しかし、研究が示しているのは違います。
ベターとは、
自分の目的に照らして、
「ここまでできれば十分」
という基準を持ち、
そこで意思決定を行うことです。
人生では、
すべてに100点を求めることはできません。
仕事も、
家庭も、
健康も、
人間関係も、
限られた時間とエネルギーの中で選択していかなければなりません。
だからこそ、
「最高」を探し続けるよりも、
「十分良い」と判断して前へ進む力が、人生を豊かにするのかもしれません。
おわりに
今回紹介した研究は、
「最高を目指すこと」を否定しているわけではありません。
むしろ、
高い目標を持つことと、その目標に振り回されることは別である
ということを教えてくれます。
私たちは、何かを選ぶたびに、
「もっと良い選択があったのではないか」
と考えてしまいます。
しかし、本当に大切なのは、
「最高の選択」を探し続けることではなく、「自分にとって十分良い選択」を受け入れ、その選択を育てていくことなのかもしれません。
参考文献
- Simon HA. Rational Choice and the Structure of the Environment. Psychological Review. 1956.
- Cheek NN, Schwartz B. On the Meaning and Measurement of Maximization. Judgment and Decision Making. 2016.
- Schwartz B, Ward A, Monterosso J, et al. Maximizing Versus Satisficing: Happiness Is a Matter of Choice. Journal of Personality and Social Psychology. 2002.

